2009年9月アーカイブ

イチローさんのブログ、TACTICAL LIFE へ
ようこそ。

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   ★喧嘩と自衛はちがう★
 もしも、ペンで非合法に他人を傷つけると
「ペンという鋭い筆記用具を武器として使用
した」という罪状が付加される。フライパンで
殴ると「金属の鈍器」を武器にした、という
罪状がつく。とくに銃を使うと、罪はさらに
重くなる。
 しかし、正当防衛という手段にて、これ
らを武器として使っても罪にはならない。
ここで問われるのは「容疑者の殺意」で
あって、武器として使用した器物を取り
締まるということではない。これが、米国で
の場合だ。

 ケンカをするということと、護身のために
闘うということは、その意味合いと方法とに
異なるものがありそうに想われる。
 ツラツラよくよく考えてみた。
 「意地の張り合い」で起こる闘争が喧嘩で
あり「危機からの脱出を目的とした行動」は
護身のための闘いなのではないのかとワシ
には想える。
 相手が憎くてブチ殺したいという激しい
感情が基盤となった争いがケンカ。
 火災から逃れて避難するように、目前の
危険状態から必死な気持ちで脱出しようと
する行動が護身。と、このように分けて考え
るのはどうだろうか。
 ケンカは、欲と感情のもつれで始まるが、
護身は「本能的行為」というわけだよ。
 運転中に通行人から石を投げられてクルマ
が凹むとコノヤローとアッタマくるが、それが
自然の落石だったとしたら、無事で良かった
と心から想ってしまうのではないだろうか。
 日本人を拉致したジョンイルは憎々しくとも、
阪神大震災を起こした地球を恨む人はいな
いのではないか。
 "ジョンイルよ、拉致した人を返せ! でない
と援助もしないぞー! "
 などと感情的にならないで、特殊部隊が
スッと行って日本国民を取り返してくればイイ
のではないのか。もちろん、この救出作戦を
邪魔しようとする者達は実力ですべて排除
されるので多数の死傷者が出る。しかし
それは互いの人間としての立場上のやりとり
なので淡々とした境地で受け止めればいい
のではないのか。
 人の命には、輝ける喜びと美しさもありな
がら、皆さんが考えるほどに価値がある
わけではなく、重要でもないのではないか
とワシは想う。
 そういうと怒る人もいるだろう、が、ようく
考えてみてくれ。交通事故で何人が死ぬ
のか、わずかなカネが原因での自殺の数
のすごさ、そして殺人事件の多さ・・・。
 墓場は犬死にの霊で大混雑しているの
ではないか。命の重要、という言葉すら
哀しいと感じてしまう。
 日常珈琲パン時に周囲でバタバタと人が
死んでゆく。人が死ぬごとにその身体から
大音響とともに強い光線が放射されると
いった荘厳な神の儀式があるわけでもなく、
まるでアリが突然に踏まれたように、ある
いはハエがパシンと叩かれたように我々
人間も簡単に死ぬ。
 この大自然界においては、人間も虫も魚も、
命そのものは同格であり、大した価値など
ありはしないだろう、と想う。
 ただ、個々の生命体は、その命をつむぐ
ために一定期間だけ地球上に存在すれば、
それで宇宙の創造主は満足なのではない
のだろうか。
 命が大切だと大声で強調するのは人間
だけで、そのくせ命を大切になんかできて
いないのは、命にいわれのない付加価値を
つけようとするからなのではないのだろうか。
 ここらで我々は「命」というものを見つめ
ながら考え、その「輝ける短き時間」をどう
使うかということの検討をするときではない
だろうか。どう生きて、どう死ぬかといった
問題に対して真剣になり、不動の価値観を
構築しないと人間の不幸は増すばかりだ
という気がする。
 うーん、ハナシがギュイーンと難しい方に
向かったナ。ワシとしては、ただクナイで
悪人を突っついて逃げるということについて
書くつもりなんだけどね。
 で、ともあれ、
 我々「生きる者」は、生命維持に必要と
される空気と水を与えられながら放牧され
ているらしい、ような気がするのだよ。
 "あとは自分でやんなさい"
 と、いうわけだ。
 "神様よ生きる理由をもっと説明してくだ
さいナ" と尋ねたところ、
 "君たちは生命リンクなのだから子を作り
なさい。人間が絶えないように増やし続け
なさい。そのことさえしたら、あとは自由に
生きていなさい。どうせそれ以上のことは
できないでしょ?・・・"
 と、いう啓示らしきものがあった。
 ハナシを戻そうか、
 ケンカは感情の産物で、護身は神が
生き物に与えた「自衛本能の発露」なの
だろうとワシは想うわけだ。ハツロという
のは、プーチンからのメッセイジではなくて、
内側に秘められていた能力が表面に出る、
という意味よ。
  "水と空気はあげるけど、食べ物や
オンナは自分でゲットしなさい、自衛も自分
でやんなさい、そういったことができなきゃ
食われるか朽ちて死になさい"
 と、神は生きる者全般に告げ、自衛本能を
与えてくれた。ものが飛んでくるとハッとよけ
たり払ったり、乱暴者から遠ざかるなどの
行動は自衛本能の発露というわけだね。
植物も根と根で闘いあう。自衛力や戦闘力の
強いものが優先権をもつのが自然界の掟な
わけさ。
 この地球では、米国、ロシヤ、中国などが
強い発言力を持つ。国力は強くて優秀なの
に日本の発言はなかなか通らない。これは
なぜかといえば日本に「戦争する気力」が
無いからだ。カツアゲで狙われるのは強そ
うな人ではなく「弱い人」であるというのと
同じことだ。
 人間に理性らしきものがあるとはいえ、
じつは暴力組織のなかで微妙なバランスを
保ちながら生活しているにすぎない。しょせん、
自衛力のない者は弱いのだ。
 そして、この自衛本能は世界一の平和ボケ
国家でさえも法律で容認している。
 やれやれ、これでようやく本題に入れそうだ。
護身というテーマについては長く考えてきた
ので説明も長いのだ。ゆるせ。ワシ論で人間の
暴力装置について迫れるように想ってくれる
人がいたら嬉しいぞい。

     ★グレイゾーン★
 では、護身の闘いの定義に入ろう。
 それが日本の法律に照らして正当防衛と
なるのだったら、それは護身の闘いだろう。
アタリマエだな、うん・・・。
 それ以外は、何かが欲しくての争奪闘争
か、エゴやシットからくる争いなのではない
かと想う。あるいは、そのどちらとも決めが
たいグレイゾーン的な争いもありえそうに想う。
 たとえば、不治の病気にかかって苦しんで
いる89才の老齢者を、その子供が殺して
しまうなどという行為などをたんなる親殺し
という範疇に入れてしまうのには納得でき
ないものがある。自分の親を殺した64才の
子を刑務所に入れてもよいのだろうかと
想ってしまう。その「殺人者」をなんらかの
カタチで社会に放っておいても他人に危害を
およぼすことはありえないという可能性が
ある。刑務所に隔離するよりは、もっと良い
償いをさせる方法がありそうに想う。とはいえ、
そういった判例ができてしまうと、それを悪用
する「悪質犯罪者」が必ず出てくるために法の
整備には難しいものがある。たんに邪魔に
なるという理由だけで親を殺すヤカラもいる。
人の心の中に大きく存在するエゴがどんなに
世の中を難しくしているか計り知れないもの
がある。
 ともあれ、こういった哀しい暴力事件を
グレイゾーンとしておこう。

   ★敗北の根源はシットなり★
「エゴとシットは、諸悪の根源なり」
 と、ワシは自分の太くもないキモに銘じ
ながら生きてきた。これが座右の銘という
ワケだよ。ザユウノメイとは、自分を叱り
激励するための言葉だね。反省しながら
頑張るというのは、人が成長するためには
必要なことだよ。
 他人への嫉妬が自分を腐らせるのだ。
 人は、嫉妬が元となって他人の悪口をワメ
キちらし、攻撃もする。負け組は、勝ち組を
ノノシルことでイイ気分になり、その
ままトシをとって自分の人生をロクデモナイ
状態に固着させる。自分という大切な存在を
ダメにする、それがエゴと嫉妬だ。
 他人の悪口をギャンギャンとシツコク吠え
たてる人は、その裏に個人的嫉妬が潜んで
いると観てまちがいはない。
 キャメラの虫だったワシは、高校でも写真
学校でもシット攻勢を受けていた。それは
なぜか良い気持ちだった。自分がサクセス
に向かっているような予感だった。自分が
群れの先頭グループにいるかどうかは、
仲間からのシット度で計れるような気が
していた。
 「道は開ける」という素晴らしい人生の
教本を書いて多くの人々を救ったデイル
カーネギーは、こう言っている。
 "嫉妬はするな、もしも自分が嫉妬したこと
が相手にバレたら、そいつは小躍りしながら
喜ぶからな・・・"
 つまり、嫉妬された時点で「勝ち」なのだ。
そう、他人に嫉妬した時点で君は「負けてる」
のだ。
 この嫉妬心を自分の成長のためのバネに
変換できる人は強くなるけどね。
 遠吠えしながら精神の辺境で生きたいと
いう希望が君にないかぎり、金輪際シット心を
自分の心から追い出したほうがよいゾ。この
ことでもっと学びたかったらカーネギーの本を
読んでくれ。気持ちが変わるよ。 変われん
ヤツはホープレス、つまり見込みナシだけどね。
 「嫉妬と羨望は自分を腐らせる」ということ
だけは覚えておいてくれ。

   ★負け人間はハイエナだ★
 この世において、仕事のできる人、才能ある
人、ヤル気のある人、ハンサムな男、美女、
カネモチ、こういった人種は多かれ少なかれ
シットの対象となる。
 オカネを得た人を「成金」と呼ぶ人の心にも
シットが潜む。だって原始時代に金持ちだった
人などいないし、ただ、どこかの時点でカネを
儲けただけのハナシではないの。それが古く
からの成金を「家柄が良い」と呼び、最近に
なって成功すると「ナリキン」という表現を使う。
これはシット心から生まれた遠吠え的な言葉
なんだとワシは解釈している。
 シットばかりするのは、その実なにもでき
ないくせして "オレ様はエライんだ" と妄想
している負け人間だ。彼らはコツコツとした
努力の積み重ねが嫌いで、楽ばかりした
がるタイプだ。ギャンブル好きでアブク銭を
追いかける。努力と苦労を敵と見なしている。
単純な動機で借金をする。こんなタグイが
犯罪予備軍に多い。
 暴力を使ってしか稼げなくなった彼らは
常に弱い人を物色し、スキあらば奪おうと
うろついている。いまどきは、警察官だって
カネに困れば女性を襲うという時代だから、
どうしようもない。
 草原に住む平和な小動物は、強い野獣に
よって食われることになる。都会に住む正直
者も、時としてハイエナのエジキとなる。
そんな「暴力エゴ人間」から我々を護ってく
れるのが「正当防衛」という法律なのだ。
それは、自分や大切な人を不当な危機から
護るためになら実力行使をしてもよい、という
法なのだ。
 人の危機というのは、瞬間的に起こる。
 前から男が来た。こっちを見た。襲ってくる。
そういった急なテンポで闘いは起こって
終わる。ケータイで警察を呼べるのは、
血ダルマになって倒れているキミを見た
通行人くらいのものだろう。ストリート
ファイトは、10秒もあれば勝負が決まって
しまう場合が多いのだ。罪無き人を護る
ための法律はある、が、それを執行するの
は君自身あるいはワシ自身でなければ
ならない。
 突然の危機から脱出する能力があるか
無いか。これは人によってまちまちだ。
有事に備える心、危機意識、価値観。
そういった要素から人の心に差異が生じる。
 エゴ暴力に対する護身の技。自分が
殺されそうな場合と大切な人に命の危険
があるときだけに使う必殺の技。これは、
キレイごとではない。まさに、命を賭した
闘いだ。そんな事態に備えている人は、
いったいどれほどいるのだろう。

    ★逃げるのは一番よい★
「三十六計 逃げるにしかず」というコトワザ
がある。戦争での計略には36種類ばかり
あるが、一番に安全なのは逃げるという
ことでアル。という意味だナ。
 争いの元は作らないように言動に気を
つけ、ケンカになったら謝るか負けてあげる。
カネですむなら払ってあげる。とにかく逃げ
るのが良い。
 これは、多くの人が自然にやっている
最も効果的な自衛手段だ。
 "強盗に迫られたら現金を渡してその場を
離れなさい。相手もできたら暴力行使を避け
たいと想っている場合が多いのだから少し
のカネで危機から脱出できるのなら安いもの
ですからね・・・"
 このようにアメリカ社会では教えられる。
 強い者が弱い者から奪ってよいという法律
などなく、それは犯罪そのものだ。起こって
はならない悪事だ。とはいえ、現実の世は
犯罪で充ち満ちている。世の中は暴力と
泥棒と詐欺だらけだ。
 そうなっている理由は、人間が作った法律
と自然界の摂理が食い違っているからだろう。
つまり、強い者が弱い者を食うという「弱肉
強食」という自然界の法則と、皆が安全に
暮らしたいという人類の願いから作られた
法律とにズレがあるということだ。
 人間は、知的生物でもあるが、その前に
単なる動物でもある。
 大多数の人間には善意がありながらも、
いったん生活に困窮した者は他人から奪う
という行動をとる。気に入らない者を殺すこと
も多々ある。これは人間界の法律には違反
しても動物界では当たり前な出来事だ。
 そして、我々の意識の奥底には「殺戮本能」
という炎の林が存在する。サツリク本能と
いうのは、殺したい奪いたいという疼きで
あり、襲ってくる敵を倒し、自分たちを護ろう
とするための本能でもある。
 困窮した人間には、その困り度合いと性格
に応じて怒りのエナジーが蓄積され、精神を
縛っていたクサリがブチブチと切れ落ちること
がある。
 自分には食べる物さえないのに他人は
飽食しながら趣味などを楽しんでいるという
場面になると人は凶暴になる。いとも簡単に
人間界の約束事を放棄し、強盗や殺人に
はしってしまう。
 "あんなにおとなしい人だったのに犯罪者
になるなんて・・・" などと言う人は、人間の
本質を認識できていないからだ。

      ★護身の定義★
 あるとき、3人の美人から護身のための
射撃を教えてほしいと頼まれたことがある。
 "人を殺すのは神の意志に背くでしょ?"
 とワシは尋ねた。彼女たちはモルモン教徒
なのだ。宣教師もいた。すると、
 "いいえ、私たちを襲う者たちは、外観は人
であっても実は野獣なのです。私たちは野獣
のためのなぐさめ物ではないので彼らを殺し
てもよいのです" と言った。
 ワシは、
 "ひたすらに逃げなさい、危険な場所にいく
ことからして自殺行為でしょ?" と答えた。
 "そんなこと言ったらどこにも行けなくなるわ、
だいたいアメリカでは家に押し入ってくる強盗
や強姦魔も多いのよ、それでも逆らうなという
の? あなただったら即座に射殺するでしょ?
奥さんにだって至近距離での発砲の仕方を
教えているじゃないの。私たちにも、その知識
と技術が必要なのよ"
 そうか・・・しかたがない、と想った。
 「ホッペタを叩かれたら反対側も出せ」と
いうキリストの教えに敬服しているワシは、
宗教に生きる人が闘いをすることに違和感を
もっている。ワシ自身は「やられる前にやっつ
けろ主義」であり「目には命を、歯にも命を」
くらいのマインドセットがあるのでノッケから
キリスト様には好いてもらえないと想って
いるのだ。モルモン教は迫害を受けながら
生き残ったので自衛のDNAが成長している
のだろう。いいことだ、うん。
 で、護身または自衛の定義とは?
 相手を殺すことが許される場合とは?
 それは、相手が凶暴であり、自分または
無実の人が不当な理由で殺されようとして
いるとき。相手を殺す以外に自分たちが
生き残れる方法がないとき。相手がこちら
よりも強いと判断されるとき。
 こういった条件が揃っている必要がある。
 「相手がこちらよりも強力である」という
ことはとくに大切だ。その意味は、こちらは
素手なのに相手は包丁などの凶器を持っ
ており、身体のサイズも自分なみ、あるいは
大きい場合となる。また相手が複数の
場合もこれに当てはまる。自分が空手三段
なのに相手は15才の女の子でナイフを
握ってかかってきた、くらいでは殺しては
いけない、過剰防衛となる。アメリカでは、
男が女をレイプしようとしたら相手が素手
であっても射殺してよく、女が男に素手で
の暴力をはたらいても射つことはできない。
まあ、逞しいプロレス女が体重50キロと
いう男を引きちぎろうとしたらハナシは別
だろうけどよ。
 しかし、現実的に観て、普通の人が凶暴
な包丁男から凶器を奪うというのは困難
なことだ。犯人が素手であっても喧嘩慣れ
した男が3人もいたとなれば空手三段でも
勝てるとはかぎらない。こんな場合は
「喧嘩三段」くらいの腕前が必要だろう。
カラテや柔道も強いが、ルールの無い
ストリートファイトは別物だ。流行のイスラ
エルのマーシャルアートなどには、かなり
喧嘩に強い技はある、が、現実に使える
ようになるには相当な日数と真剣な訓練が
必要だ。数ヶ月の受講で秋葉原アタッカー
と闘えるようになるなどとは考えないほう
がよい。
 包丁男を素手で退治するのは困難では
あるが、それも相手の練度による。ナイフ
訓練に習熟した男に素手で勝てるわけも
ない。だが、それほどの男なら就職できる
ので貧乏はしないしキレたりはしにくい。
だいたいはシロートの暴れ男だ。これだと、
対処方法はある。正しい知識に裏付けられ
た訓練が必要なのは言うまでもないが・・・。
 正当防衛で反撃してもよいという法律は
あっても、迎撃のルールには難しいものが
ある。勝ち目の無い場合が多いと考える
べきだろう。だから、たいていの場合は、
逃げるというのが最良の選択だ。

   ★負けられないことがある★
 しかし、
 逃げられないこともありうる。
 自分一人だったら逃げればよい、カネも
払おう。道路において包丁男が暴れ、近く
で通行人が刺され始めたとしても逃げる
しかないだろう。他人をかばって闘いを挑み、
それで殺されたら自分の家族は明日から
の生活に困るのだ。こういった場合、他人を
見殺しにするのは少なくとも法律上では罪
ではない。そして、これは自然な行為だと
考えられる。自分さえ護れないのに他人を
護れるハズもない。
 だが、そこに自分の家族が一緒にいたら
どうするか、という状況を思い浮かべてみ
ようではないか。そんなこたゼッタイおこら
ねーよ、と言うヤツは、すでに自衛本能が
衰退したエジキタイプだ。それは、動物
本能が水槽の小魚よりも劣化した、いわ
ゆる平和ボケヤローなのだ。秋葉原事件
のとき、あんな事件に遭遇する可能性が
あるから自分も心構えをしておこう、と
心に織り込んでいた人がいただろうか?
 これまでに、ナイフや包丁で刺された人
の数ときたら相当なものだろう。その内の
幾人が、そんな事態を予測しただろう?
 交通事故に遭う人だって、重病にかかる
人だって想定している人は少ないだろう。
マニュアル好きの日本人なのに、自衛の
マニュアルに関してはハナハダ乏しいのが
現状なのではないか。
 さて、
 君が家族と一緒に歩いている。
 前から男達がきた。
 そいつらが、カネだけではなく、君の妻と
子供をさらって行こうとした。
 そうなったらどうするか?
 あるいは、君が愛しく想っている恋人が
誘拐されようとした、という設定でもよい。
どうするね? ん?・・・
 こういう時のマニュアルは、ひとつ。
 最初に死ぬとしたら自分。
 自分を殺さないかぎりヤツラは家族に手を
出せない。
 敢然として死ぬまで闘う。
 自分の死を受け入れる。

 「ここを死の場と心得よ」
 これが真の男のマニュアルだ。

 "この欲張り妻やバカ娘ども、死んでくれ
たらどんなにセイセイすることか・・・"
 と、日頃想っていても、こういうカタチで
見殺しにするわけにはいくまい。
 自衛隊員が国民に不信感を持ちなが
らも戦場があれば出かけてゆくように。
真面目な警察官がろくでもない民間人
のために命を張って日夜努力している
ように、君もその命を家族に捧げるべき
ではないのか。
 このような事件があって家族を見殺しに
したら、その後の人生はミジメだ。人は
死ぬべき時に死んだ方がよい。死後の
世界は今の世よりもずっと良いと考え
られるので恐れることなどないさ。
 で、そこで、
 この危機にあって生死を分けるのは、
日頃の心構えと練度だろう。つまり
不動心とそれを支える戦闘術というわけだ。
このバランスが生死を決定する。
 ワシの場合、日本拳法が基盤となっている。
東京 中野にあった道場で森師範の直伝を
授かった。日拳は、自衛隊の徒手格闘の
オリジナルだ。もちろんフルコンタクトだ。
渡米してからは、さらに実戦的な技を求めて
研究をした。ヴェトナム人や韓国人のテコン
ドーや香港人のコンフーと手合わせをした
こともある。どれもそれぞれに強いと感じた。
やがてFBIの格闘教官やSEAL出身のケン
グッドの訓練を受け、新たな格闘術に目覚
めるものを感じた。そして、マントラックで
知られるマイクと会うこととなり、彼から本当
の殺し技を習った。ストリート ファイトはこう
あるべきだというマニュアルもできた。
 "やはりですね、相手の練度というのは
読めませんので、素手ではなくてなんらか
の武器を使うほうがよいですよ・・・"
 と、マイクは教える。
 ジャケットを使う。ベルトを使う。帽子を使う。
砂をつかむ。石を拾う。キャメラを使う。室内
だったらイスあり電話機ありスタンドあり金魚
鉢ありと武器は豊富、もしもキッチンに行け
たら、包丁、ナベ、フライパンと、そこは武器
の宝庫だ。そういったモノをいつでも使える
ようにイメイジトレイニングを欠かさないことだ。

     ★単純技が強い★
 "目の前の敵を倒すのに、多くの方法など
あるはずもない。ただ強力な一撃で倒す
以外にはありえない。このごろの道場に
おける風潮には困ったものだ、生徒たちを
長期にとどめ置いてカネを取るためにわざと
意味も無い技を増やし、容易に身につけられ
ないような複雑な技まで編み出している。
すぐに覚えられない技というのは必要なとき
に使えるものではない。技は単純であること
が重要なのである"
 
 これはウロ覚えだが、なんと宮本武蔵が
遺した言葉だ。
 当時の剣術道場などを批判している。
そして時代を経て復活した現代の古武道の
中にも無意味でウサンクサイ技があるので
気をつけよう。もちろん、それが運動不足を
補うという目的なら何ら問題はないけどね。
 明治維新をたたき上げた薩摩の薬丸ジゲン
流は、まさに武蔵タイプの一撃勝負だった。
彼らの刀はナミノヒラに代表されるように
徳川のモノより分厚くて長く重かった。
江戸時代の終わりにおいて無敵の剣その
ものだったのだ。

      ★くない★
 検証してみると、確かに素手というのは
弱いものがある。ケリや拳骨で殴るという
のも相手が手練れだと通用しない。結局は
つかみ合いのモツレ喧嘩になってしまう
場合が多い。そんなとき、たとえ石コロの
ひとつでもあれば武器として使え、ファイト
は有利だと想われる。
 そこで携帯用の武器を考えてみた。
 まず作ったのがポーキュパインだ。これは
シュアファイヤの現行モデルにストライク
ベゼルを付けたものだった。小さなモノから
大きなものまで6種類ほど作ってもらった。
これらは、訴えられるのが面倒なので
アメリカでは売らないという建前だったが、
けっこうCIAらしい人たちやアザラシ部隊や
三角組などが愛用してくれた。ワシとしては
U2ポーキュが一番好きで、これは今でも
旅行の用心棒をつとめている。
 ポーキュは、航空機内に持ち込めるし、
護身用として良かったと想う。見かけよりも
殺傷力が低く、間違って相手を殺してしまう
という可能性が低かった。とくに光を味方と
するために、暗がりでの闘いには絶大な
威力があった。
 次なる武器は、何かと考えるのは常に
飛行機の中でだった。旅客機に持ち込め
ないのでは不便すぎる。だから飛行機の
中にあるモノに目をつけるのだ。
 竹で作ったハシなんて良さそうだ、が、
これは使い方が難しい。中途半端な使い
方ができないのだ。つまりこれで相手を
逮捕するとかができないということ。竹箸は
敏速攻撃でイッキに相手を殺してしまうの
に向いているので使う側もコワイのだ。
 携帯電話をカスタマイズして武器とする
考えもある。しかし、これも殺し専用となって
しまう。それと竹バシ同様に、かなり訓練が
必要となる。女の子たちの護身用にはまった
く向かない。
 いろいろな構想を描いていたら、ハッと
自分のペンに視線が移った。
 タクティカル ペンの製作は、自分では考え
ていなかった。かなりな種類がすでに売ら
れているからだ。ハッとしたのは、自分の
気に入るディザインが出ていない、ということ
に気がついたからだった。
 「クナイ」と呼ばれる短刀を忍者は持って
いたという。それはカッコイイ短刀だ。とは
いえ、それが本当かどうかは知らない。
白戸三平さんの劇画で知ったもので、事実は
どのようだったのかまったく知らない。だが、
忍たる者は短刀のひとつくらいは常に携帯
していたと推察できる。それも劇画で描かれ
ているように頑丈で万能なモノだったと考え
られる。各自の好みによってカタチやサイズ
もいろいろだったのではないだろうか。彼ら
がクナイを大切と考え、常に身につけ、それ
がどれだけ仕事の助けになったかを想像
すると楽しいものがある。
 男たる者、現代に生きるとはいえ、ナイフの
イッチョくらいは携帯すべきだ、とワシは考え
ている。のだが、世の中は認めてくれない。
アメリカには比較的に自由があるが、それ
でも飛行機には持ち込めない。
 どうもこれはゴーハラだ。ゴウハラとは
「業腹」と書き、シャクにさわるという意味だね。
 こんなことで業腹になるのは変なのだが、
こうなったのは、ワシが西郷隆盛の住んで
いた町で生まれ、薄まっていたとはいえ
ジゲン流の空気を吸いながら育ったせい
だろう。
 ゴーハラ市郞太は考えた。
 "おいどんは、ヒコーキん中に持ち込める
クナイば作ったっち・・・"
 そのときから、護身用のペンとはどうある
べきかの模索が始まった。
 この続きは前号で書いたとおりだよ。

       ★咀嚼★
 今回も長くなったな。
 とりとめもなく、思いつくままに書いた。
 ワシが書きたいことは、闘いの武器うん
ぬんよりも、充分に咀嚼された闘いのマイ
ンドについてだ。
 ソシャクの意味は、噛んで咬んで咬み
くだくこと。咀嚼の文字は、シャクシャク
シャクといつまでもかみ続けるという音感から
きているらしい。咀嚼は大切なのだ。
 これからの戦争で殺しの強さを発揮するの
はラジコン操縦の上手いヤサ男兵士だろうが、
時代は変わっても闘いのマインドは大切では
ないのかと考える。強い精神こそが最強の
武器かと想われる。
 しかし、精神が強くても脳が弱いと武器の
選定や戦術を間違って負けるというのは
歴史が証明しているから、そこんとこを抜かし
て元気だけで勝負するのはダメなんだけどね。

      ★警察庁にて★ 
 警察庁のドアが破れんばかりの勢いで
飛び込んできた警察官がいた。国民から格闘
の道具ならすべて取り上げようとし格闘技の
道場まで閉鎖に追い込もうとする和香羅
図也警視である。その小脇には前号の
SATマガジンが抱えられ、それは汗に濡れ
たうえにワキガの匂いまでしみついていた。
 "警視正、いかがなものでしょう、あの
ポッキュパイをやっと秋葉から追い出した
というのに、こんどはクナイというペン型の
短剣でそれも両刃形なのであります。こんど
こそは自由闘法違反の罪で懲役にたたき
込む所存でありますから警察庁の職員を
全員貸し出してくださいませんか?"
 と、里間賀警視正にねじ込んだ。
 "なるほど、危険な両刃の短剣か・・・濁った
目にはなんでも危険物に見えるんだな・・・"
 と、警視正はワカラ警視の差し出した雑誌
から鼻をそむけるようにして言った。警視は
内心ギクリとしながらたたみかける。
 "ではこれを凶器だとお認めにならないの
ですか? これで大量殺人事件がおこっても
責任をとっていただけるとでもおっしゃるの
ですか? これは普通のペンとイなって、さも
強力な44マグナム級の破壊力を有している
のですよ!"
 と警視は身を乗り出して叫んだ。
 すると、サトマガ警視正は静かな口調で
言った。
 "君ね、イナッテではなくてコトナッテだ
ろう? 君は部下達が君のことを「タレコミ癖
のサモイナリ警視」と陰で呼んでいるのを
知っているかね? それにね、クナイはどう
みても取り締まるわけにはいかないの
だよ。あれはどこから観ても普通のペン
なのだからね。実はウチからもサンプル
オーダーを出してあり、ゆくゆくは警察官
全員に持たせようかという会議をしている
ところなのだよ・・・"
 ワカラは絶句した。こんな警視正が警察庁
にいるかぎりは日本はテロと暴力の氾濫する
非統治国家になると感じた。このままでは
イチローをつぶしてくれと依頼している正義の
日本毒草店に顔向けもできない。ここで引っ
込むと小遣いもキャバクラの女も抱かせて
もらえなくなるという心配もあった。ワカラ
警視の身体には正義の血潮と怒りがほと
ばしった。ヤクザを雇って里間賀警視正を
殺そうと想った。それもこれも日本という国
のためだと想った。もうすぐに警視長となる
ことになっているエリートへの嫉妬の炎は
メラメラと燃えた。
 "ところでね・・・"
 と、警視の心を知ってか知らじか、サトマガ
警視正は鷹揚に言葉を続けた。
 "君は国民から牙を抜くのが得意なので、
次はスレトコ半島署に異動してもらうことに
なっているんだよ。最近あそこには教養の
ないセイウチが増殖して、うら若いセイウチ
娘をつつきまわしているのだよ。君には
特殊部隊を組織して彼らを撃ってもらいた
いわけだ。撃つと言っても殺しはできない
のでエアガンでだがね・・・"
 "ええっ!"
警視は驚愕した。特殊部隊の隊長として
セイウチ組とやらを撃滅する。しかも一方的
に射撃してもよい。助けてやったセイウチ娘
はきっと自分に身体を許すだろう。警視は
うっとりとそんな想像にふけった。
 "ありがとうございます警視正、こんな
名誉な異動は初めてであります。このワカラ
警視、命に代えても職務をツイコウいたしま
すであります!"
 "ツイコウではなくてスイコウだね、うん
ゼヒとも遂行してくれたまえよ。ところで
スレトコ半島署には例の海軍をクビになった
アホサカ君がガードマンとして着任して
いるんだよ。彼は君に似てユニークな性格
でね、文がヘタなせいで報告書などはネット
からコピペして書くような男でね、銃が好き
なのでビヤンチ世界一射撃コンテストや鉄板
早撃ち選手権にでも出て地道に挑戦しなが
ら武者修行をして欲しかったのだが、7年前
のイデペ大会で敗北してからスッカリ心が
折れてしまったようで、日本人が外国で発砲
するのは全部違法です、などと馬鹿げた
妄想をいだきはじめ、とうとう悪友のゴーミ
ネイターとまで約束のカネを払え払わないの
喧嘩になっているうえに親友で大金持ちの
那須の与一が来日したときに日本人女と
ラブホテルに入るところの写真など撮った
ので、それでユスリをしようなどと計画して
いるんだよ...とまあ、そんな風なんだが、
反クナイ派でシット感情が激烈という部分
などで君とはウマが合うかもしれないなぁ・・・"
"仰せごもっともであります!"
 ワカラ警視は心の底から感謝していた。
自分が愚かなばかりに教養の高い警視正を
逆恨みしていたことを悔やんで涙が流れた。
 ワカラはうるんだ目で里間賀を見上げて
質問をした。
 "ところで、そのセイウチ一族というのは
どのような集団なのですか? お話ではアイヌ
とはイナッタ無法者の集まりのようですが
総人口や使う言語などについて教えてくだ
さいませんか?"
 "うん、あのね、セイウチは人間ではない
のだよ。彼らは大柄で1メートルもある2本の
牙を武器としているんだがね・・・"
 "ああ、つまり「人でなし」という意味なので
すね? それはさも戦いがいがあるというもの
ですよ、任せてください・・・"
 どこまでも不思議な思考力を持ったワカラ
警視であった・・・。
 この変なストーリーは事実をいっさいの
歪曲なしに綴ってはありますが、まったくの
妄想による根も葉もイッパイの完全な架空
の物語なのです。
 世の中にはこの程度の人間が多いのだと
想える人は、なかなかの観察力をそなえて
いる人です。それはそれで面白いと想う人は
「人生のプロ」かもしれませんね。

      ★弱い警察官★
 この原稿を終えようとしたとき、次のような
ニュースが読売新聞のネット版に載った。
 29才の警察官が75才の女性に後ろから
近づき追い越しざまに、女性が抱えていた
財布をひったくったという。
 ワシの知る警察官たちには良い人が多い
が、警察には、汚職や殺人や泥棒をする人
も後をたたないので、自分の母親のような
人からカネを奪うくらいの卑劣な警官がいて
も驚かない、が、この警官の弱さに驚く。
 なんと、この警官は、通りかかった高校生
2人に自転車で250メートルほど追跡された
あげく取り押さえられたのだという。
 その弱さに驚く、という意味は、警察官と
してのマインドセットの弱さ、責任感の弱さ、
アタマの弱さ、そして高校生に捕まってしま
うという身体的な弱さだ。脳足りんのモヤシ
警官だよ。昔の警察官は、強かった。2,3人
の男と格闘しながらも逮捕しちゃうという
剛の者が多かったもんだ。正義感も強かった
もんだ。
 こんな程度の警官がいるなんて、町は
まったく物騒そのものだね。痴漢警官も
けっこういるしね。
 警官は弱くても、お手柄の高校生は
なかなか勇気があった。悪警察官を捕ま
えるなんて一生の想い出だね。
 次はきっと、追い詰められた警官が拳銃を
乱射するという事件もおこるだろうナ。

    ★あくどさ極まる組織★
 ワシが7才くらいのころ、500円札を盗んだ
という疑いをかけられ交番に連れていかれ
たことがある。同居していたアーちゃんと
いう子供も一緒だった。
 "どっちの手でお札を盗ったとか?"
 と、いきなり警官は言った。
 "盗ってません"
 といっても、盗ったのはたしかだから、どっち
の手で札を握ったのかを言え、と、そればかり
の堂々巡りだった。
 やがて、アーちゃんを取り調べていた他の
警官が来て、アーチャンはワシが盗んだことを
白状したと言った。どうしてアーちゃんはそんな
ウソをつくのだろうと想ったが、その後のつっこ
みも激しかった。日暮れも近くなって、早く
自白しないと帰れなくなる、白状すれば帰し
てやるということになった。帰れると聞いたら
有り難いと感じて自分が盗ったと言った。
カネはどこにあるかと聞かれたのでアメ
などを買ったと作り話しをした。当時の
500円は、今の5万円くらいの価値はあった
と想う。そこで二人は許されて対面できた。
そのとたん、
 "イチローさん、なんごてワイが盗ったち
ゆうたとね? ワイは盗っとらんよ! "
 と、アーちゃんは怒りを表していた。
 "アーちゃんこそ・・・!"
 と、反論しながら、警官達がウソを言った
ことを察知した。警官たちは、そんな会話を
聞いていても無視し、二度とやるなと言った。
彼らは卑劣であり横暴だった。
 このときの心の傷は、東京に出て良い
警官を幾度か見るまでは癒えなかった。
 さて、「足利事件」だ。
 女児誘拐殺人の容疑で捕まり、拷問で
自白させられ、17年半も刑務所に入れら
れていたスガヤさん。これは、国民をして
震撼とさせる大えん罪事件なので知らない
読者はいないと想う。現場の警官、検察、
弁護士までが、このスガヤさんを犯人だ
と決めつけていた。そのデッチあげの
やり方は、ワシに虚偽の自白をさせて
喜んでいた警官達とヤリクチは同じでスケ
イルだけが大きくなっただけではないか。
 ワシにとっての足利事件は、半世紀以上
も前におこった「鹿児島事件」とまったく
同じパターンなのだ。
 なにが科学捜査だ、なにが人権だ!
 エゴにまみれた幼稚な組織、それが現代
の警察ではないか! と、ワシは震えるものを
感じながら血圧が上がった。
 ここで警察はスガヤさんに謝るだけでは
なく、正義感のある立派な警察官たちにも
陳謝し、組織改革にとりかかる必要が
あると想うのだ。
 大勢の信頼できる良い警察官をワシは
知っている。友人もいる。彼らまでも、この
事件の被害者だと想うのだ。ほんとアタマ
くるよ。
 それにしても、ここまで腐敗した警察
暴力組織を相手に闘った弁護士さんは
素晴らしいと想う。これは「イチローの
センター前ヒット」をしのぐ超特大ホーム
ランだとワシは感動しているよ。君も
足利事件を検索してよく読み、問題意識を
持とうぜい。
 ヤレヤレ、長いこと書いたよ。
  では、また! 市郞

  ★クナイはボロ屋から★
 "おい、トモ、今からボールペンを作ろうや。
そのペンの名前はクナイだ。それを使って
ドアを破り、必要なら壁の向こうに出られる
ような穴をも掘れるくらいに頑丈な忍者の
道具を作るのだ・・・"
 と、日本に着いたばかりのワシは言った。
 "あ、はい、ではこちらへ・・・"
 と、トモはプロスペック ディザイン社の
試作棟に案内してくれた。PDの工場といえ
ばナカナカ洗練された三角形の白いビル
ディングを想像して、などはしていなかったが、
そこはブリキ屋根でハッキシいってアバラ家
だった。
 早朝の冷たい風がスキマから吹き込んで
寒々しかった。暖房もなくストーヴもなく暗
がりに寂しく光る裸電球が工作機械を照らし、
それがいっそう寒さをつのらせていた。もとは
資材置き場だったので水道もない。電気が
あるのが奇跡だった。
 "うむうむ、これでよか、優れた物はゼイタク
な工場からではなく、熱い意志から生まれる
ものだ、このボロさはワシの理想とする環境
だわい・・・"
 そんなことを考えながらワシは粗末きわまり
ない工場を見回していた。
 太めのプラスティック棒をトモが旋盤にかけ
てスイッチを入れる。その機械を旋盤などと
呼んではアカイケ工作名人から「ふとどき
センバン」と言われてしまうような中古の
安物で、もちろんコンピュータにつなぐ
などのシカケなどには縁遠い前世紀初頭の
シロモノだ。
それでも電気が流れると力強く動いた。
 トモは、ワシのつたない手書きのスケッチを
横に見やりながら削り始めた。丸棒に刃が
当たると、みるみるうちに有機的な形状へと
その姿を変えてゆく。
 無から有への変化の始まりだった。
それは魅力的で感動を誘う光景だ。
 モノ作りに魅せられて模型作りに熱中した
少年時代があり、それが写真と拳銃に
凝るというふうに発展した流れはワシもトモも
同じだった。そして今、このみすぼらしい
作業場で二人してタクティカル ペンのプロト
タイプを製作しようとしている。
 工場は寒かったが、ワシは心を熱くして
いたので気にならず、たっぷりと豊かなゼイ
肉に身体を覆われたトモは、ことさらに熱く
なっていた。

    ★タクティカル ペン★
 ここ数年、ワシはタクティカルペンに興味を
感じてコレクションをしていた。しかし、すご
く気に入るというモノはなく、自分なりに
構想を練っていた。そういうところにシュア
ファイヤ社からも発売され、これはさすがに
スティーヴ ライアンのディザインだと納得
できた。
 そんなとき、ふとしたことからワシにタク
ティカル ペンのディザイン&製作の依頼が
きたのだ。これは楽しい挑戦なので気を
入れようと決めた。
 で、いろいろと考えたよ。
 こういったモノは、中国で作るに限る。
それがダメなら台湾か韓国だ。なぜか?
製造原価が安いからだ。そのうえ日本製
と同等な質が期待できる。とくに台湾には
素晴らしい工場があって魅力的だ。
 だが、ワシは日本で作りたかった。
中国の三倍以上という金額になることは
解っていても、日本製にこだわりたかった。
ギョーザやウナギとは違うんだから中国製
でよいことも解っていた。が、我がヤマトの
国で作って誇らしげに販売したいという小さ
なロマンを実現したかった。そして外国の
依頼主は、それがよいと言ってくれた。
 また、安い包丁のように大量に売り出し
て狂気な犯罪予備軍に買われて悪用され
ることを考えるとチープ(安っちい)なものは
作れないと考えた。もともと、ワシは職人の
念を感じられるような高級感のあるナイフや
銃が好みだし、それらは高価であるがゆえ
に犯罪に使われる可能性が少ないという
傾向はアメリカも日本も同じだ。
  "さすがイチロー、なっとくなり!" と、
高級志向なファンが満足してくれ、彼らが
堂々とポケットに差して歩いてくれるような
品格の高いペンを作りたいと想った。
 トモが削り出したプロトにはペンの芯も
差し込み、かなり長いモノだったが一見
すると普通のペンに見えた。それを
胸ポケットに差してワシは歩いた。
 最初にそれを見せた相手は岩国の
マリーンだった。そこで、ちょっとばかり
デモを見てもらったら反応があった。
 "いつ買えるんだ? どこで買えるんだ?"
と質問された。
 100ダラ以上はするが、それでも買う
気があるのかと聞くと、もちろんだと
言ってくれた。
どうやら、ここが最初のお客さんらしい。

     ★ロマンで作る★
 その手作りプロトを仲良しの工業ディザ
イナーに渡して設計を頼み、それを製作
できるファクトリーをトモが探し当てた。
実はここから様々な「産みの苦しみ」に
悩まされることになる。
血圧が上がったりタメ息を毎日20回は
つくような日々に直面することになった。
ほぼ完成した今でさえもモンダイを抱えて
パーツの作り直しを待っているという状態
なのだ。設計変更も幾度もあった。正直に
言うと、日本人はモノ作りに関してもっと
鋭敏な感性をもっているという先入観が
ブチ壊される気持ちだった。
 ディザイナーいわく、
 "たかがペンだと思ってナメてました、
申し訳ありませんでした・・・"
 彼は誰でもが認める腕利きの設計師だ。
忙しいのに時間を割いて図面を描いてくれた。
それもイチローGUN団仲良しグループの
一員なのでギャラはなくてもいいし、ペンが
売れてからでもイイということでやってくれた。
たしかにペンの設計など楽チンな仕事だと
想ってしまっただろう。しかしワシの目標は
「羊の皮をかぶったオオカミ」を作ること
なので理想は高かった。
 悩みは摺動パーツだった。頭を回すと
ペン軸が上下するという部分だ。そのメカ
ニズムそのものは新機構ではないのだが、
軸を百回も出し入れすると動きがシブくなる
という現象があり、そこで足止めを食った。
形状の改良、そして材質と表面処理などの
再考に迫られた。
 文字を書くときに筆圧の高い人がいるもの
だが、そんなことで動きがシブくなるのも困る。
ワシが想定するのは弾丸ほどもある
「超筆圧」なのだ。
 "ペン軸の上下動は、ロールスロイスの
ように重厚で滑らかであるべし"
 そのムカシ、レクサスの開発に関する
記述を読んだワシは、トヨタティームの姿勢
から影響を受けていた。レクサスとペンでは
格が違う、が、あの精神だけはイタダキ
たかった。世の中、こんなバーカがいたって
いいだろ? なっ?
 しかし、製作する側に理想を押しつける
のもムリはあった。
 ワシもトモも工場とのやりとりに関しては
シロートで、互いの体温差に悩まされた。
なにしろ我々は「小さな仕事を持ち込んだ
くせに理想だけが高くヤタラとうるさい面倒で
シツコイ奴らで招かれざる客」なのだ。
工場側の気持ちはよく解るので申し訳ない
気持ちだ。
 しかしながら、たかがボールペンでこれ
ほどモメたのは明治維新のあと初めての
ことだろう。
ということは、徳川時代や室町時代にも
なかったろうから、リロン的に言えば、まさに
日の本開びゃく以来初めてのことだ。
くだらんことだが、これだけは自慢してしまう
ことにするよ、ウン。
 なにしろ、自分が納得できないモノを販売
するなんてことはワシには出来ない。
それでなくても写真を撮影してクライアントに
渡すときは毎回のようにヒヤ汗をかいている
というのに・・・。
 100%完全なものなんて作り得ない。が、
45点では困る。せめて75点をとれたところ
で量産に踏み切りたい。それでも恥ずかしい。
なにしろ、クナイが完成した暁にはウィル
コックスやシュアファイヤやナイツやSIGの
社長たちにプレゼントしなければならない。
こういった世界的に超一流のエンジニア
たちにどのツラさげて渡せよう。そして
アメリカ中のSWATや警察官に買ってもらう
ことになるのだ。
日本でも、その道のプロたちが使ってくれる
だろう。護身という意味を真剣に考える若者
たちも注目してくれるだろう。そういった
可能性を想像すると身が縮むのだ。ワシが
ユーザーに提供するのは自分の作品では
なく「日本の製品」なのだ。日の丸をバックに
トヨタやソニーやヤマザキなどの機械に恥じ
ない製品でないと国家的モンダイとして・・・
などとまでは想わんけど、ようするに立派な
日本のモノを作りたいのだよ。
 たぶんにロマンな心で作る。だからシロート
なのだ。モーケは犠牲にしてでも良いモノを
作りたい。だからアマチャンなのだ。でも、
クナイの開発は趣味でありたい。趣味と
なれば、人はカッと熱くなって時間と資金を
惜しんではいられなくなるものだ。シロートの
アマチャンが趣味として没頭する時、たまに
スゴイ物が生まれる。その「ホビーパワー」を
ワシは発揮してクナイを作りたいのだった。
たかがボールペンを作るのに鼻息を荒くする
のも恥ずかしいが、実は自分が理想のペンを
持ちたいというのが大きな動機でもあった。
 さてさて、そこで、
 タクティカル ペンとはそもそもナニであるか?
文房具屋で売ってるペンとどこがちゃうねん?
 うーむ、いよいよ難しく解きがたい難問に
対する答えを返答し、解明するとともに回答を
しめさなければならないところにきてしまった
よーだ。
 タクティカル ペンを訳すと「戦術的ペン」と
いうことになる。だから、ある部分を押すと
先端が弾丸となって最低2kmは飛ぶという
能力があり、ダットサイトを搭載すれば
100mをピンポイントで撃てるのでゼームス
ボンドも愛用しているとか、あるいは毒ガスが
噴き出して相手を窒息死させることができる
のでアルのかというと、そんなこたゼンゼン
まったくジェッタイないのよ。実のところ、
普通のボールペンなのだナ。まったく普通の
ペンなのに手作りなのでそのように呼んで
売ってるところもあるくらいだ。
 ただ、ボールペンを書くためだけの用具と
しか認識していない人と、それを武器として
使うという技術と心構えとをもった人があれば、
そのペンの存在意義には大きな隔たりが
できるだろう。つまりは、そういうことなのだよ。

     ★武器か凶器か?★
 拳銃は武器であるか?
 あ、はい・・・。
 ではナイフは武器であるか?
 えーと、そういった使い方もあります。
 包丁は?
本来は料理用ですが、日本で使われる一 
 番の武器です。
 ならば、武器とは何であるか?
 はい、戦う相手を殺せる能力をもった道
 具です。
 で、凶器とは?
 武器と凶器とは同義ですが、殺された人
 に罪のない場合はなぜか凶器と呼ばれま
 す。正義に使えば武器、悪用すれば凶器
 なのかもしれません。
 石はどうじゃ?
 はい、立派な武器であり凶器となります。
 カナヅチやドライバーは?
 はい、同様に・・・
 食事用のハシで人を殺せるか?
 はい、その使い方を知り、訓練をした者
 でしたら・・・
 では、人の手や足は?
 鍛錬を積んだ者でしたら五体を武器、あ
 るいは凶器として使用し人を殺せます。
 では、我々の世界から武器や凶器となる
 モノを除き去ることは可能ではないのか?
 それはできません。とくに包丁で殺され
 る被害者は、今後増えることはあっても
 減りはしないかと・・・
 それを止める方法はないのか?
 あります、それは「教育」です。
 親が子にほどこす人間としての教育を第
 一とし、学校の先生は生徒を大学に押し
 上げて点数を稼ごうというのを止め、教
 養と知性の時代を目指す必要があります。
 テレビや映画の制作者は暴力描写、エロ
 グロの氾濫といったものが子供達の精神
 を蝕んできたということを認識し、自分
 の家族にも観せたいような映像の製作を
考えるべきです。
 なるほど、してそういう時代は来るのか?
 大戦争があって、人口が半分以下になら
 ないかぎりはムリなことかと・・・
 ところで、力のある者が弱い者から奪い、
 キレた者が通行人を刺し殺すといったこ
 とへの対処方法はないのか?
 はい、それは護身の精神を養うことが先
 決かと・・・
 うむ、その精神とはどのようなものか?
 はい、まず平和は空気のようにタダでは
 なく、戦ったり大金を投じたりして得
 られているのだという事実を認識し、そ
 れは個人の生活においても変わりはない
 のだと考えることです。密林を歩くと猛
 獣や毒蛇に遭遇するように、都会という
 ジャングルにも獰猛な殺戮者が存在して
 おり、運が悪ければ彼らに狙われること
 がありうるという世の現実を把握するこ
 とです。
 それは、各個人に戦闘力を備えよという
 ことか?
 はい、人はハンターとなるかエジキとな
 るかという問題ですので、どちらを選ぶ
 かは個人の自由です。ただ、闘いへのマ
 インドセットのある者は、危機にあって
 生き残る率がはるかに高くなるのです。
 ところでお主、その胸に差しているのは
 ペンだな?
はい、ボールペンです。
 それは闘いの道具となりうるな?
 はい、必要とあれば・・・
 そんな危険なモノを持ち歩いていたら意
 地の悪い警察官が没収しようとするだろ
 うに。
 それは難しいでしょう。罪を犯してもい
 ない国民からペンまで取り上げるような
 悪どい警察官がいたらさすがに新聞も書
 き立てるでしょう。
 警察は善良な若者からペンまで取り上げ
 て国民の無力化をはかりながら陰では
汚職にまみれている、などという記事が載
 っては警察も困るわけじゃな?
 はい、これこそ「ペンは剣よりも強し」
 です。
 ふぁっはっはっは、それは古いコトワザ
 じゃが良いオチじゃったわい。

     ★身近なる凶器★
 生活用品でありながら武器として使える
モノは多い。
 その代表格は包丁だ。誰でも買うことが
でき、どの家庭にもある手軽で強烈な殺人
道具。とくにデバや柳刃などがどれだけの
犯罪に使われてきたかを考えると想像を
絶するものがある。
 母親が愛情こめて魚を料理する、その
道具そのものが使う者によっては強力無比
なる凶器となる。
 ナイフよりも殺傷力のある包丁については
皆が認識しているのに警察や政治家が
包丁の所持を禁止するという動きはありそう
にもない。大騒ぎをして両刃のナイフを禁止し、
大したことのないテポドンに狂乱する日本人
は、本当にサムライの子孫なのだろうかと
想ってしまう。
 それはともかく、
 カナヅチ、ドライヴァー、アイスピック、斧、
シャベル、金属バット、ヒモ、フライパンなど
など、身近なモノを武器として使用した
殺人者の数は多いなんてもんじゃない。
風呂にはった水、階段、テラス、固い床、
クルマなども殺人に使える有効な大道具
だろう。

    ★人間の殺意が人を殺す★
「包丁が人を刺すのではない、
 人が人を刺すのだ」
「銃が殺すのではない、
 人間が人を殺すのだ」
「ガンではなく癌が人を殺すのだ」
 癌とは癌細胞のように狂った細胞、
そういった種類の人間のこと。
 狂った細胞が増殖しながら正常な細胞を
蝕んでゆく。問題なのは、このような「癌的
人間」だ。
ここを取り違えて銃やナイフを取り締まる
のは核心にフォーカスが合っているとは
いえない。だいたい、両刃を禁止したら
犯罪が減ると考える人間そのものも愚か
しい癌細胞のひとつだろう、とワシは
考えている。
 両刃のナイフを禁止したのは警察では
ある。
が、実をいえば警察は両刃を禁止しても
まったく無意味だと知っていた。ただ秋葉原
事件でバカな記者たちと無知な国民がキリ
キリ舞いをしているので、両刃に終身刑と
いう刑罰を与えることによってバカどもの
気持ちを静めてやった、というのが真実の
ところだとワシは想う。
 "両刃ナイフは殺人が目的だ、危険だ
危険だ" と知能の低い記者が連呼する。
それに対して "いえいえ、両刃が問題なの
ではありませんよ、両刃がなければ犯人は
包丁を使いましたよ。皆さん、犯罪を押さえ
込もうというのでしたら教育の見直しを考え
ていただけませんかね・・・"
と、警察のオエライは言いたいところだが、
日本では真実など言ったら職を追われる
という風潮があるので黙って従うしかない
のだろう。

 刺殺用としてディザインされた両刃ナイフは
禁止された。あんなモノを持って喜ぶような
人間は悪人に決まっている。だいたい
そんな危険なナイフを持ちたがるなんて気が
しれない。ナイフコレクターなんて社会の敵だ! 
と、考える人は多いだろう。
 それは、浅ハカというものだ。思考力と
判断力に欠けた無知人間だ。
 では、短刀はどうだ? 日本刀はどうだ?
槍はどうだ? 弓はどうだ?
 これらには、殺人以外に何の目的も
ないのだぞ。それも破壊力はナイフの比
ではないのだぞ。
 これらは、インターネットのオークションで
バンバン買えるのだぞ。
 なにっ? 日本刀は美術品だって?
 ほほーう・・・そうかい?・・・
後は言うまい。これで解らなければ
真性の能なしだ。
 ともあれ、そのうちにインターネットで買った
安い脇差しで大暴れする男が現れるだろう。
これに日本がどう対処するのか興味がある。
 
 理想を言えば、良い人たちには銃でも
なんでも自由を与え、癌的人種は隔離する
か監視下におく、ということ。世の中には
善人が多い。善人による自由な社会を
構築する可能性はあるはずだ。
 ワシの言う善人とは羊の群ではない。
逞しくて強くて正義を守ることに命をかけ
られる人々のことだ。もっとも、そうなったら
政治屋たちが国民の血を吸えなくなるので
必死に実現を阻むことだろう。とにかく
国民のリーダーとして相応しい政治家が
上に立てないという、この、悪で硬直した
政治組織をなんとかしたいものだ。
 ともあれ、
 人間が格闘術の訓練を受けると、その
流派にもよるが、大なり小なり強くなる。
素手での殺人テクを身につけた人は数秒間
で敵を殺せる。
そして、その人そのものが「危険な武器で
あり凶器」となる。
 ようするに、しかるべき知識のある人なら
素手で殺せ、ワリバシやエンピツを使って
でも殺す能力を持っているのだ。ただ、
ワリバシよりも竹箸、エンピツよりもボール
ペンのほうがより強い武器になるということ。
 では、本題にもどろうか。
 そこらで売っている100円ペン、または
安い景品やサーヴィス品としてのボール
ペンには、ナイフに匹敵する殺傷能力が秘め
られている。
そして、これらは包丁と一緒で取り締まること
ができない。いや、それより困ることは、
包丁と違ってどこへでも持っていけることだ。
24時間身につけていても、誰もモンクを言え
ないことだ。セキュリティーのうるさい場所は
多くなったが、ボールペンをイケナイというと
ころはまだない。そんな理由から、ペンは
格好な防衛のための道具だと米国では考え
られている。

     ★護身は訓練から★
 ただし、ペンは包丁とは違い、知識と訓練
なしでは武器として使うことは難しい。
 差し障りのない範囲で、初歩の護身方法を
書こうか。
 君は非力な男で妹と一緒に夜道を歩いて
いるとしよう。前方から3人の男が来た。
予想どうりにからんでくる。酔っていてしつこい。
妹に抱きついてキスをする、クルマの中に
引きずり込もうとする。君は胸をド突かれて
ヨロヨロと壁にもたれる。そのとき、15才の
可愛い妹に抱きついていた男がオオオ~ッと
叫んだ。見ると妹がペンを握って男の顔を乱打
しているではないか!
その一瞬に妹はスルリと男の下を抜けて
走り出す。
 "逃げようっ!"
 妹の声にハッとした君も走る、が他の男に
肩をつかまれてしまった。君は振り向く、
同時にカマキリのように握ったペンで男を乱打
する。腕、額、顔、肩、ところかまわずペンを
振り下ろす。男はたまらず
頭を抱え込んで下を向く。そこで君は走って
逃げ去る。
 この場合、あまり考えられないことだが、
過剰
防衛で起訴されて裁判を受けるかもしれない。
しかし、君と妹は、自力で危機から脱した
のだ。ペンがなかったら妹は拉致されて
強姦されていただろう。そのあげくどこかに
投げ捨てられ、犯人達は逮捕されないままに
なったかもしれない。どう裁かれようと自分に
恥じることはないから堂々と裁判を受ける
のだ。
 夜道で弱い人を襲う男がいたら、一生
忘れないような深手を負わせるか、目撃者が
いなかったら殺してしまいたいとワシは考え
ている。ヤツがもう決して他の人をエジキに
できないようにするためだ。
 君たちにはそんなことをしてほしくない、
が、悪を憎む心だけは持ってほしい。大勢の
国民が悪を追放すべきだという強い価値観を
もつと国が良くなるのだ。

     ★ヒット&ラン★
 ただペンを握って相手を乱打する。
 これは、教わるまでもなく、誰でも本能的に
できることだ。ただし、これは不意打ちでないと
効果がない。酔っぱらいになら通用しても
相手がいっぱしの暴力男だとブロックされる
だろう。なので、ブロックに備えてのさらなる
技などを研究する必要がある。いきなり
ペン先で顔面アタックすると傷が深くなる
ので、できたらペンを逆に握って頭の部分
で叩くということも考える必要がある。それ
だけでも素手とは比較にならない打撃力を
発揮するものだ。
 なるべくなら大きな外傷を残さずに痛い
思いをさせるのが護身の基本だろう。
ヒット&ラン、つまりバンと攻撃して相手が
ひるんだところでサッと逃げることも大切。
しかしそのためには訓練をする必要がある
ことを忘れないでほしい。
 闘う相手の強度によって戦術を変えること
も大切だ。弱い相手だったらペンの頭で
グイと痛いところを押す程度でよく、自分と
同等な相手にはガツンと食らわす。相手が
複数のときは最後の手段としてペン先での
攻撃となる。
 ペンの先端を使えば少ない動きと小さな
力で格闘でき、文字通りの「痛打」を与える
ことができる。
しかし当然ながら、これも訓練が必要だ。
 よく鍛錬した者だと、100円ペンひとつ
あればナイフと同格に闘うことができる
ようになれるし、民間人には特別な場合を
除いては教えられないが、敵を瞬時にて
殺すという技もある。
 できたら、どのような訓練をすればいいの
かをモデルを使って次号のSATマガで紹介
してみようかと考えている。楽しみにしてくれ。
 そこで、だ、
 "ほんなら100円ペンでええでっしゃろ?
わざわざタクチカル買う必要なんかオマヘン
なぁ? そーでっしゃろ? ちゃいまっか? "
 ヤマシタ刃物店のヨシは、射撃訓練で毎年
ワシの所にやってくる。けっこー思慮深い
ところのある男で妥協を嫌う性格だ。クナイを
見せると、きっとこういった質問をぶつけて
くるにちがいない。だから、
 "はい、じゃっどん、少しは違ごうとで
ごわす・・・"
という説明に入ろうか。ヨシにも理解しやすい
ように自称完璧な関西弁をアヤシク使って
みよう。ワシはジャパリンガルなのだ。
つまり複数の日本語を使えるちゅうこと
やねん。ホナいくでぇ・・・

    ★クナイのスペック★
 まんず、素材についてですねん。
 クナイのボディー素材には「A7075」ちゅう
最上級のエアクラフトアルミナムを使う
とるんねん。工場の皆さんは「超々ジュラ
ルミン」と呼んでるほどの優れた素材なん
やでぇ。こんな、ゼータクで頑丈なペンなんか
他にありまへんのや。
 先端部は 「SUS303B」ちゅうステンレス
ですねん。あんまり大声では言えまへん
けど、ここはペネトレイション パワーを高める
大事な部分でケッコウ凝った素材の鋭い
選択と言えますねん。
 そんでもってクナイのアタマにはグラス
ブレイカーが埋め込んでありますねん。
事故ったクルマから人を救出するときは、
これでウインドウを割ることできまんのや。
クルマの窓はなかなか割れへんらしいけんど、
クナイがあれば市コロですねん。そやけど
悪用すると捕まりますさかいあきまへんでぇ。
これ使うのは事故ったクルマのドアが開かん
ようなったとき救出のために車窓を破るちゅう
よーな状況にあるときだけですねん。
ドロボーに入るため窓破るんやったら専用の
ガラス切りを使ったほうが静かにやれます
よってゼヒともそっち使ってほしいですねん。
 そうそう、言い忘れたんやがグラスブレ
イカーの素材は「SKS21」ちゅう鋼鉄です
ねん。ロックウエル硬度が65もあります
よって固いグラスでも楽々と粉砕できるわけ
ですねん。
 それと、ぜんたいのカタチを見てほしい
ねん。ここがまた苦心のとこなんやでぇ。
 上の方が竹のフシのようになっとる
やろが。これはフィンガーチャンネルちゅう
わけですねん。これで強いグリップでき
ますねん。頭部は親指との接面を大きく、
強いドライヴィングパワーが出るように
なっとりますねん。インパクトのストレスが
手に負担をかけんようにちゅう理由から
こうなっとりますねん。ほんで、フシの
部分はアクニンの急所を押したり、指を
クイとひねって逮捕するために綿密に
計算された形状でもありますねん。
 どぉーですねん? 100円ペンとはエライ
違いまっしゃろ?
 人間の顔は外から見ても能力が解らん
ように、本格的なタクティカル ペンちゅう
もんも見かけは同じながら作りがウントコサ
頑丈でコッてますねん。
 だいたい、ペンを護身の道具にするちゅう
人がヤワな100円ペンなんか持ちますかいな。
クナイなら忍者のようにドアに穴を開けて
脱出できるし、地面に穴も掘れるんやで。
どや、掘れるのに惚れるやろ? これが
ホントのホレボレやで。とはゆうてもホンマに
ドアに穴なんか開けるちゅうたらえらい
コンジョがいりますやろなぁ。ペンより手の
ほーがコワレますやろな。そのへんの
とこはクナイが完成したとこで破壊力テスト
やってリポートしますがな。
 そうそう「クナイ」はエゲツない日本人が
絡んでアジアでコピーされて出回ると予想
されますやけんど、それは「ヨクナイ」という
名前で呼んでほしいですねん。ディザイン
盗用で米国の弁護士が動くことになります
よってヨクナイでっせ。
 ほな皆さん、長いこと読んでもろて嬉しい
ですねん。おおきになぁ・・・。
 
          

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