本日 67才になりました

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ええっ!
おいら 67才だって?
ろくじゅーななって、もうすぐ70ではないのっ!
すっごいジジイじゃんか!
終わっててイイとしだよ。
きょと〜ん・・・
ぜんぜん知らなかった。

なにしろワシの子供は一歳前と三歳前だし
普通の父親みたいに遊んでたもんで年齢の自覚が
なかったんだよ。

そういえば、このごろ走りが遅くなったな。
握力もぶら下がり力も減退したよ。

そうか・・・トシなんだな・・・

そういえば米国政府からケッコーな年金が下りてるし
健康保険もうんと安くなったよ

フォトグラファーとしての仕事の量が減っていない
ちゅうのもトシを自覚できなかった理由かな。
こーなったらピアノのルービンシュタインのように
高齢になってこその瑞々しさでフォトを創りたいもんだよ。

子供の頃は、無線士に憧れた。
船乗りになりたいとも想った。
鉄工所で働きたいとも想った。
家具屋になってキレイなイスなどを作りたいと真剣になった。
陶芸家になれるかどうかで京都まで行ったこともある。
しかし、最も不利なフォトグラファーへの道を選んだ。
なぜ不利かといえば、
写真機材が買えない、学費は高い、競争が激しい、
と、この三つかな。貧乏人には辛い道だった。

とにかく、大学には興味がまったくなかった。
「専門職を身につける!」
このことは絶対に必要だと決めていた。
なんでもよかった、どんな分野でもよかった、
専門分野で生きられないと人生は無意味なんだと
信じきっていた。

子供のころから学校嫌いでグループに属するのも嫌いだった。
大人になったら会社などの組織に入るのも嫌だった。
フリーランスのみがワシの道だった。

夢中で走っていたら、67才になっていた。
たいした想い出もない。周囲の風景は眺めるヒマもなく
ただただ流れ去っていった。

気がつくと、銃を撮っては世界一という座にいた。
ぜんぜんたいしたフォトじゃないのに、なぜかそう言われる。
世の中わりとアマイもんだと想ってしまいそうだ。

運がよかったんだな。そう考えている。

で、君も自分の過去10年間を振り返ってごらん・・・
いったい何コマの記憶がある?
すごく頑張ったか?
いい加減に過ごしてこなかったかい?

ねっ?
あっ、という間だろ?
この勢いで、次の10年間もアッという間に過ぎるんだ。

あっあっあっ!

はい、これで30年。
それが2回で60年さ。

あがらいようもなく、君もワシのトシになる。
君には、今からワシのトシになるまでには膨大な学びの時間が
あるはずだ。

それを無駄にするなよ。
ちんたらちんたら生活していると、ナサケない老人になるぞ!
寸暇を惜しんで何かを学んでくれ。
サラリーマンやってる人は、余暇で「サラリーマン脱却作戦」を
練るんだ。ただ引退させられる時を待つのではなく、定年を待ち
かねたように次の仕事へと飛翔する、これがタクティカル ライフ
というもんなんだよ。

ま、生産的な仕事が好きでない人はホビーに走るのもOKだけどね。
老人ホームに入って楽しめる人は、それもOKでうらやましい性格
といえるけどね。

しかし、世の中にはワシのように
「老人ホームに入るなら死を選ぶ」と決めている人はいないのかな?
ワシって、そんなに変わり者だと想う? えっ? 変人かなぁ〜??
フツーだと想うんだけどなぁ〜・・・

ほんだらば、今日も1万歩を走ってくるよ。
ヒザがちょっと痛むんだけどね、がんばるよ。。。


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コメント(18)

はじめまして。市郎様。初投稿です。
お誕生日まことに おめでとうございます。
77年頃から、月刊誌で拝見させております。
ワシ もとい私も組織というものが、ダメでして、個人事業主としてイツ仕事がナクナルか?ビクビクしながら日夜チマチマと走り回っております。
市郎様の歳になって日本国政府から、年金等貰えるのか?と思いつつ、月々の国民年金、介護保険料を納めております。
 市郎様の今後の益々の御活躍を、クサバもとい都内の端っこから応援させていただきます。
P.S
自分のことをワシというのが、抜けなくなりました。

 では 失礼いたします。

市郎さん、誕生日おめでとうございます。

市郎さんが、67歳とは信じられません。

私が市郎さんに、初めて会ってから
既に25年も経っているとは・・・

私も、ナサケない老人にならいように
頑張らないといけません。

イチローさんへ

久しぶり(2回目ですが)に
コメントさせてもらってます。
わたしもイチローさんのように
燃え尽きるような人生を過ごしたいと
思いました。
守りの人生はイヤです。
今日のイチローさんの記事は
ガツン!とハートに響きました。
ありがとうございます!!

イチ様、おめでとうございます。
そうかイチローさんに荒川土手で出会ってからもう
20年近く経つのですね。いやあ、すごい。
それにしても忙しい人生ですねぇ。
でも他の人とは違った、とてつもなく面白い人生ですよね。
サラリーマンのような安心はないけれど、
時にはひどい目に逢う事もあるけど、
毎日に退屈しない人生ですよね。
私も、「他人と同じ道なんて歩きたくない」
と今の仕事を選び、なるべく人とは違う事をしようともがいて
きましたけど、凡人の私が思いつく程度の事を考えている人は
結構たくさんいるようで、あまり変わった人生とは
言えない感じです。特にイチローさんや、その周りに集まる人は
みなそれなりにすごい人が多いので「自分なんかまだ全然
一般人じゃないか」とおもってしまいますね。

イチローさん、いくら頑張っても体の部品のガタは出て来る
はずですし部品交換は出来ませんからそれなりに労って使って
くださいね。まだまだ教わりたい事、見せてもらいたい事が
沢山ありますので。
(ああ、ようやく誕生日に間に合うように書き込めた!!)

 KO雪は毎日毎日雪と格闘していた。
 「今年は暖冬小雪と天気予報は言ってたのに。これじゃー大雪じゃない。」そー独り言を言いながらスコップで玄関前の雪をかたずけていた。
 「あー市彦さんは今頃何をして居るのかしら? また変な女鶏にウツツをもっていないかしら? あー心配だワ。」
 そー思うと居ても立ってもいれず。スコップを投げ出し家の中に飛び込み電話のプッシュボタンを押し始めた。何気にカレンダーを見るとそこには大きなハートマークが!
 「あーそーだワ!今日は市彦さんの誕生日だワ!!私ったら雪かたずけに追われて大事な事を忘れいたワ!」
 電話から声がした。
 「はろ~!市彦です。」
 「市彦さん、KO雪です。 お誕生日おめでとうございます!今度また何時逢えますか?」
 「ピー!」
 「えっ? ピーて? 留守録なの? ええー???」
 後日市彦はアジトに帰り留守録を聞いて。
 「何じゃこりゃー? ”ええー???” って? また保険の勧誘か? TEL番変えないとなー!」

お誕生日おめでとうございます!
北海道から祝福を送らせていただきます。

67歳ですか~
動画では、物凄い身のこなしと気迫でしたよ!
御見それしました!
私は67まではあと30年以上あります。
それまで学び続けます!

ICHIROさんお誕生日おめでとうございます。
オイも今年で47になります,まだ47才なのかもう47才なのかまったく実感なく生きております こんなんで良いんだろうか?
TLを読み出して今頃になりやっとこさICHIROさんの言わんと為る事の意味が分かりつつあります。理解速度が遅くて遅くてすいません

どうやって生きて行くか,正しくタクティカル ライフですね。
ICHIROさんこれからも健やかに頑張ってください!TL楽しみにしてます。オイも慌てず焦らず諦めず生きてまいります。
ではではgeorge

イチローさん、お誕生日おめでとうございます。

思えば、イチローさんを初めて知ったのもGUN誌でのワルサーPPK/Sの記事でした。
あの時は14歳だったのに…。

私も「不惑」とやらをとうに超えて、厄年以降は体調を崩しながらも、何とか働いています。
しかし「ムリは出来ない」を言い訳に漠然と日々を送っているのも事実で、実にイチローさんのおっしゃることが胸に刺さります。

今はとりあえずこの数年間に失った、気力・体力を取り戻し、次なる目標を考えます。
まずは、趣味に生きましょう(笑

イチローさん、はじめまして。
すてきな67歳おめでとうございます。
自分は38です、30も超えると誕生日なんておめでたくも無いと思っていましたがすばらしい年令を重ねるということはとてもメデタイなとおもってしまいました。
また小説も書いてくださいね、紫電の炎は面白かったです!!

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このブログ記事について

このページは、Ichiroが2010年2月 5日 05:15に書いたブログ記事です。

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