カエルたちのゲイム

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ルシファさん、
「たとえライバルを蹴落とすことに成功したとしても、
山は低くなってくれたりはしないもんだぜ」
いいですねぇ〜コレ!

そこに柳の枝がたれていて、カエルたちが交代で飛びついている。
ジャンプ力のない新米ガエルにもヤンヤの喝采があり
強いのが失敗してもオオゥという惜しげな声が出る。
誰かが飛びつくと歓声のケロケロ合唱がおこる。
ビアンキにはそんなふうな雰囲気があって止められないのですよ。

本当はオートバイでヒルクライムの競技もやりたいのですよ。
とてつもない急斜面に向かって駆け上がり、どこまで登れるかと
いう競技、あれをアメリカでやりたかったのです。

これがきっとワシの好みのタイプなんですね。
だからビアンキにはまっているんですよ、きっと。

人間には幾度の朝が与えられるのか知りませんが、
始まりは毎日あるわけですからね。
死ぬまで始まり続ける日々があるわけですよね。

幸福とは、ようするに心の持ちようでしょうね。

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コメント(2)

お便り、暫くのご無沙汰でした。まずは世界一拳銃大会、お疲れ様でした。
改めて拝読し、イチローさんのビアンキに対する心構えが少しだけ解った気がします。
私などと比べては失礼ですが、私はオートバイのジムカーナ、空手、太極拳を訓練し大会に出場していました。またオートバイの操縦方法の講習会も20年以上指導の一端を担わせて頂いておりました。35年ほど前、SAAのファストドロウも少し教えて頂き、大会にも何回か出場しました。
空手、レース、20代にはとにかく相手を倒す、人より千分の一秒でも早くラインを踏む、それだけでした。人が2つしか飛べないジャンプを3個まとめて飛ぶ喜び。
ところが32歳頃だったと思います。スポーツは何時の日か、引退が来る事に気付きました。そして武道が新たに私の脳内に浮かび上がってきました。みち、道と名のつくものには敵はいませんでした。モータースポーツもタイムはそうでした。最大の敵は、己の中にいました。つまり私が死ぬまで、年老いて体が不自由になっても、その体を叱咤激励し型を行い試割をする。
武道、二輪道もですが、最大の敵は己の中の自分でした。イチローさんも書かれていた通り自分につく嘘は、巨大な魔物となって自分に帰ってきます。40代後半と気付くのが遅かったですが、時間は死ぬまであるので間に合ったかもしれません。
ビアンキカップとは、そのような大会だったのですね。
私も日々、自分の言い訳に負けていると思います。
ただ私も仕事は幸運に自動車整備士の検査主任を29年続けてこられました。自分の店は休業しましたが・・・。高校生の頃、ノートの落書きは銃とバイクの分解図でした。進路指導でガンスミスのことを話したら、2,30秒の沈黙の後「お前、新聞に載るんじゃないか」との担任の言葉は、まだ忘れません。
しかし今も私は1/1の金属模型をばらして組んで、性能を上げて、収入が得られるという良い立場にいます。日々技術は進歩しますが、それも新種の生物を見つけた学者のように浮き浮きと勉強しています。模型と言っても私の視点からで、法律上はナンバーを取得でき公道を走り回れるのですから、また楽しからず、です。メーカーが指定する数値より経験で身につけた手技術で100/1ミリ単位しか計測できないところを1000/数ミリに仕上げると新車を超えるところが、また楽しです。
道は暮らしている間中、私を怠惰の穴に落とそうと身構えていますが、落とされないようにもがきあがき日々を送っています。
イチローさんもまだ道半ばで戦っているとの事で、私にもまた力と気力、胆力を頂きました。
また長文になってしまいましたが、リローディング、撮影の邪魔にならない時に読んで頂けたら、嬉しいです。
失礼いたしました。
 

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このページは、Ichiroが2010年5月30日 03:10に書いたブログ記事です。

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