大晦日の言葉

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仕事に対して僕は「自分の好きな知識をもっと仕事として役に立たせたい」から
今の職場に居ます。

犯罪を犯す『公務員』は本当に自分はこう成長したいというビジョンの欠けた人
間で有ると考えます。また、「マニア」を馬鹿にする人間も同じ属種である場合が
ほとんどです。
なので、少しでもこういった「匂い」を醸し出している人にはついて行きません
し、個人的にも関わりを持ちたいとも思いません。
例えそれが営内班長であろうが、小隊長であろうが、もっと上官であろうが従い
たく無いです。
命令に背いて命を落としても後悔しません。

また、「善と悪」には年齢や宗教、育ち方、どの社会的コミュニティーに属して
いるかによって人には様々な考え方が存在します。

『日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらと
われらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由
のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのない
やうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確
定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民
に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受
する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。わ
れらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。』

と、日本国憲法前文に有ります。
これは、日本国憲法はこの前文の基に「間接民主制」、「戦争の放棄(第9条)
」、「三権分立」が存在し、「刑法」、「民法」等の法律によって何人であれ法に
触れる行いをすれば処罰されます。

全ての人間から『お前は、正しい事をした。』と言われても、法に触れさえすれ
ば罰せられます。

肝心なのは、再度、正しい事をした人間が罰せられない様、「法を整備」する事
が肝心であると思います。

現在日本では、裁判員制の導入、死刑制度の廃止、が議論されています。

この様な時代の変化に対し日本国民はもっと政治屋に日本を任せるのでは無くも
っと国政に積極的に発言し、行動すべきで有ると思います。

70年安保闘争の時の日本人は随分活気が今より有った様に感じますね。(まあ
、学生運動の先頭に立って『弁当運び』をしていたのが国のTOPに居る時代ですか
らね...。)

僕も、「変えて行かなきゃならん!!」と思いながら仕事してますけど、なかな
か理解してくれる人は居ませんね。
by Guchitan

市より:
善とは「その人種にとって都合の良いこと」であり
悪とは「その人種にとって都合の良くないこと」なんだと想います。
法律とは「その人種にとって都合のよいルール」なんだと想っています。
だから国によって法律はがらりと異なるわけなんですね〜
人種というのは国籍だけのことではなく、
権力人種とか
政治屋人種とか
無知人種とか
盲従人種とか
日和見人種とか
諦め人種とか
頑張り人種とか
堕落人種とか
成長人種とか

いろいろなんですね〜
おもしろいことに
人間は自分の意志で、どの人種になるのかを選べるんですよね〜
自分の人生軌道を自分で変えられるんですよね〜
変えられないという人は
「変える努力をしていない」からなんですよね〜
努力しないのモッタイナァーイ!! ダメダーメネー!!

来年はここの皆で
生きることとはどういうことかを
再思考でけるといいですね〜!!!

それにはまず、自分が今はどんな人種なのかを見極める
ことですね〜!!!

堕落マンが一転して成長マンに豹変することって
イクラでもタラコでもありますからね〜!!!


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イチローさん今年は大変お世話になりました。自分よりも子供たちがすごい変化をしました。イチローさんとの出会いが子供たちの人生軌道を変えつつあります。次男が、坂井三郎の本を買ってくれと言うので買いました。今日は全部読むそうです。小学生で目標を持ち日々小さな努力をする姿を観てびっくり?
しています。そして三人ともイチローさんのところへ行きケンシロウ君と遊びたいそうです、ドイツ軍の88㎜砲の話もしたいそうです。今から今年最後の仕事に行きます。。2011年もよろしくです。指宿M19

意思 (will) の内容は、未来時制で表される。
だが、日本語には時制はなく、未来時制もない。
日本人には意思がなく、未来 (非現実) の姿を脳裏に描くことが難しい。

意思のあるところに方法がある。(Where there’s a will, there’s a way).
意思がないので、問題が生じても無為無策でいる。
理性がないが、感性がある。
問題を解決する能力はないが、事態を台無しにする力を持っている。

「民の感情を無視した、、、、」と言いつつ、あたかも自分の反対にはリーズン (理性・理由・適当) があるかのごとく思い込んでいる。
感情は現実の内容であり、理想は非現実の内容である。
二者は、同次元の内容として語ることはできない。
だが、その区別にも気づいていない。

通常は、現実を自分の都合の良いように解釈して、太平の眠りにふけっている。
「感情を抑えて、理性的になれ」と諭す指導者がこの国にはいない。
始めから終りまで国民は理性・理由を等閑視しているから、問題を解決する能力は得られない。
かくして、我々は自らの願いに反して危機に陥る民となっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


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このブログ記事について

このページは、Ichiroが2010年12月31日 02:31に書いたブログ記事です。

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