暴力とは?

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今日は土曜日、断続的にホキマ射場に通い、セッセと練習しています。
ここんとこモウレツ真剣に撃っています。
今は、昼のカレーを食べにもどりました。

で、日頃から想っているんですが、
「暴力」という言葉を使わなくしたらどうですかね〜?
その代わりに「力」を使うんですよん。「パワー」ですね。
「暴」とは激しく荒々しいこと、不法なこと、無謀なこと、、
という意味ですが、これを頭にもってくるために混乱がおこるんではないかと。

「あの人が力をふるったので、この人は力をふるって対抗した」
といった考え方で始めたほうがよいのではないですかね。

だいたい、物事を善悪に分けてしか考えられない人は、自分のイーゴウを
反省すべきかと。
先に戦争を仕掛けたから悪いだとか、植民地を作ったから悪い国だとか、
赤十字が戦場で兵士を助けたから善良だとか、、
そげなこつゆうてたら、人間の姿がますます観えなくなるんではなかですかね。

アメリカに渡ってレストランで皿洗いをしていたら、仲間に韓国人がいて
「俺は日本人は嫌いだ、俺たちの国をヒドイ目にあわせたからな」
と言いました。そこで、
「そうか、じゃ君はワシを嫌いなんだな?」
と言うと、黙っていました。そこで、
「君はなんらかの理由で渡米し、なんらかの理由で日本からやってきた
ワシとここで会い、日本人だという理由で嫌いだというんだな? え?
ワシが日本人でなかったら嫌いじゃないのか? チャイニーズだったら
好きなんか? アンサーしろよ・・・ちなにみワシは君が韓国人だろうが中国人
だろうが、そういったことで君をジャッジすることはぜったいにないぞ、
君がワシの仕事仲間として有能なら好きになるし、サボってたら嫌いに
なるだけのことだよ。いったい君は韓国人なら皆が素晴らしいとでも
いいたいのか? だったらどうしてアメリカで皿洗いをやってるんだ?」

そんなことがあった翌日から彼はすごく親しく寄ってきました。
実は彼はワシを見たとき韓国人だと信じ好きになり、ところが日本人
だったのですごくがっかりしたんだそうです。でも目が覚めたと言いました。

他にも韓国人が入ってきたので「君も日本人が嫌いか?」
と聞きました。すると、
「なぁーに、どこの国も同じ人間だよ〜」
と言いました。解ってるなぁ〜!!
その後、日本人を好きな韓国人とたくさん会いました。
ランディーの親友も韓国人で父親はランクルに乗っていました。
日本車に乗る韓国人もいるんですよね。

ヴェトナム人夫婦と家を分け合って住んだこともあります、
中国人、香港人、台湾人、ハンガリー人、イラク人、イラン人、ロシア人
とも交際しました。
そして明確になったことは、いずれの国籍にせよ
交際したい人とそうでない人がいる、ということでした。
こういった体験から日本人を客観的に観ることができるように
なりました。

で、どこ人は何々だ、なんてえらそうに言う人は無知です。
それは、井の中のカワズの妄想です。

国籍とは無関係に、素晴らしい人と素晴らしくない人がいるだけなんです。
自分の思考力で個人個人を観るだけのチカラの無い人、これがカワズ君です。
自分の無知を識り、おとなしいカワズならいいんですが、
いいかげんな想像でものごとを唱えるカワズはイケズですねん。

ついでに言うなら、
無職の人はたいしたことなく、医者だと素晴らしい、、と考える人は
その心に人種差別の心が潜んでいます。あるいは短絡思考のカタマリかと。
素晴らしいの差は収入であって、性格も人格も無視しているわけですね〜
貧しい価値観というわけですね〜

だいたいに世の中にはこういった人だらけではないかと、、、

君の友人だと言える人が何人います?
ね? その少なさが物語ることは、人間世界はろくでもなしだらけだという
ことです。

優れた人とつきあえる資格とは、自分を磨く努力をする人です。
そういう自分を創れるのは、君自身ですよ。

「オレってたいしたことねえんだ! くそっ、磨くぞ〜!!」
ワシは、この心をいつも持っています。一生持っていこうと
想っています。君も、この心を忘れないで・・・

では独りでカレーを食べます。
子供たちは母親に連れられてテコンドーの試合見学です。

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コメント(8)

同意します。
日本でもそういった傾向は見られます。
 国を守りたいという気迫はいいものの、方向性がずれている。チョンだとかシナだとか勝手に壁を作り排除しろと声高に叫ぶ。
本当の意味での”侵略者”を追求しようとせず、国籍という概念に逃げ込み、思考を停止する。
 今、国家間的な問題は多くあるとはいえ韓国人も中国人も、もちろん日本人も同じ人間です。おいしい食べ物でも食べて話し合えばお互いを理解できるかもしれないのに、対話することをはじめから拒む。果てには日本人は韓国人や中国人よりも優秀であると言い出す人間もいます。言ってる本人はなんら努力をしていないのにも関わらず。
 長くなりましたが、自分はこういった固定観念に捕らわれないことはもちろん、国防なら国防、外交なら外交で本質を見極められるように努力していきたいです。

本当の侵略者って相手を追求して倒せば国を守れるんですかね?
本当の侵略者って誰なんでしょうかね?
主席?将軍?大統領?首相?
あるいはそれらを取り巻く人々全部?
対象を曖昧にしてしまうと、夢想の中に逃げ込むような感覚すら覚えます。
話し合えば分かり合えるほど、国家間のエゴは甘くありませんし。
いずれにしろ国と国との争いは、特定の誰かを倒せばいいという単純な事では終わらないと思います。
エゴに融愛の精神が通用しない事は実証されたばかりかと。

国軍となる為に法改正し、防衛費を脱GNP1%して大幅増額(できれば5%まで)。
海自の空母・艦載機の保有と陸自の大幅増員。
揚陸艦の大量保有と原子力潜水艦の配備。
自衛隊のあらゆる装備の近代化。
日米同盟を一方的に破棄し、海上自衛隊がアメリカ海軍の太平洋艦隊を打ち破り、陸上自衛隊が揚陸艦でアメリカ本土に上陸を果たした時点で休戦にし、真に公平な日米同盟を新たに構築するというのが私の中での理想です。

エーカッコしぃで強欲で、身勝手で気難しいアメリカに、最後まで愛想を尽かさずに付き合っていられるのは、結局、日本しかいないと思います。
アメリカ寄りの政策で行き詰ったイギリスが、脱アメリカへ舵を切るのもそう遠くない。
自衛隊を本格的な国軍として強化し、公平で本格的な日米同盟を新たに組んだ時、世界最強の同盟軍が完成するはずです。

以前、武道の先生から、「君たちが修練していることはまごうこと無き暴力である、心して修練するように、」と言われたことがありました、確かにいくら立派なお題目を唱えたところで相手の急所に拳や蹴りをめりこませて、関節をありえない方向に捻じ曲げる練習を繰り返しているのですから理由はどうあれ、この技を受けた当人にとっては暴力以外の何物でもありませんね、銃にしても、競技や遊戯以外の実践で使った場合に確実に傷つく人間がいる訳ですからこれも暴力ですね、
 では正義に裏付けられた力と、単なる暴力との違いは何なのか?? 正直、私にはわかりません、911テロを起こした者も、彼らにとっては自分の命で購ってでも行使する正義であったのだろうし、場合によっては日銭を稼ぐために弱者を品定めするチンピラにとってもサタデーナイトスペシャルをちらつかせることが正義なのかもしれません、
 そこで、自分のもつ力、肉体的なパワーに限らず社会的な力、例えば自分より立場が弱いものに対する行使力をいかに運用するか?こればかりは各々の人間力に頼らざるを得ません、傍らから見て明らかに見苦しい力の使い方を避けるには各個人が人としての考察力、感性を磨くしか無いのではないかと思います、
えらそうな事を書き連ねましたが、日々の忙しさや感情に流されてまだまだ未熟な者のたわ言でした。

“暴力とは”ですか…。
ウ~ン、よく“正義無き力は暴力、力無き正義は無力”とは聞きますが、飽くまでそれは善悪の境界線があっての事ですよね。それ無しで言えば単なる“物理的、心理的に圧迫する力”っていう感じになると思いますね。
護身でいえば、“自分や周りの人、家族に命の聞き、或いは危害を加えられるときに反撃、抵抗する”というニュアンスになると思いますね。正しいと言う意味での力の使い方だったらそうなるのかもしれません。
逆に何も関係も罪の無い人に対し、殺人や傷害等不当に危害を加えたり、窃盗、強盗など物を奪ったりすることを暴力と大半の人は解釈すると思います。僕もこの2点に関してはそう感じます。
そもそも正義だって何を持って正義かと言う根本や価値観で大分変わって来るでしょうし。
法律、道徳、倫理、、持論、政治、宗教……などなど沢山ありますもんね。
名前は忘れましたが、ハーバード大学の教授で「これから正義の話しをしよう」とか言う講義もありました。実際この正義というのは飽くまでも人それぞれの価値観、捉え方であって正義も悪も定義なんてバラバラだし、人による解釈も違う。以前の“戦争とは?”という記事のコメントにも書きましたが戦争同様正義とはという考えにも正解なんて存在しません。
月影さんがおっしゃるような弱者を品定めし日銭を得るために安物の銃やナイフをちらつかせるのも場合によっては正義と言えるかも知れません。


僕にとってみれば、正義に使う力は暴漢、チンピラ…その他様々な脅威から自分や周りの人を守る事だと思います。
しかし歯痒い事に法律的な物も存在するので、総てではないのですが、ある程度は法律の事も学んで頭に入れておかなければいけないのかもしれませんね。

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このブログ記事について

このページは、Ichiroが2011年2月19日 16:15に書いたブログ記事です。

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